4本のレオナルド

1.その小説が500万部も売れたとか、そして、それの映画化されたものが公開されて、多くの観客を動員して居るとかの事は勿論知って居たが、新宿伊勢丹のメンズ館1階の万年筆売り場で、ダヴィンチコードという万年筆が75万円で売られて居るのを見て、ちょっとばかり「へぇ〜?!」と思ったものである。
 メーカーは私には初めてだがイタリアの老舗ティバルディ社とのことで、随分商機に敏い会社もあったもんだと、感心したものの、ベストセラーのミステリー小説やその映画を軽々に万年筆のネタにして良いのかとの抵抗も感じたものであった。然し、75万円(税込787,500円)の販売価格は際物商品にしては桁外れであって、相当気合の入った製品と目さねばならぬと感じたのも事実である。
 この万年筆は受註生産なので、店頭での話では、実物を置いて居るのは、伊勢丹の外は後1本が青山の書斎館に在るだけだそうで、「これ買う人居るのかなァー」と言うと、その当時伊勢丹では目下検討中のお客様がお一人居られるとの事であった。

2.私はヘソ曲りな所があって、ベストセラーモノを買って読む事は殆んど全く無く、又、話題になっている映画も余程の事がない限り観に行くことも無いのであるが、この映画に関しては偶々時間潰しの為、他に適当な作品も無かったので、観ることになった次第である。
 観て見ると、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な「人体図」や「最後の晩餐」の絵が重要な謎解きの鍵になって居て、正にそれこそがダ・ヴィンチコードのコード(暗号)なる由縁なのだと判ったのである。
 私はそれ迄は、小説若しくは映画のダ・ヴィンチコードが、あの私が心服して止まないイタリア・ルネサンスの中心人物であるレオナルド・ダ・ヴィンチに関係して居るとは思っていなかったのである。
 若し、あのティバルディ社の万年筆がレオナルド・ダ・ヴィンチその人或はその作品を意味するのであれば、私は値段が最大のネックではあるが(シルバーが75万円で、ゴールドは何んと375万円、果てはローラーボールゴールドが465万円とか…)、それでも買うか買わないかの重大関心を持ったのであるが、そうとは知らなかったのであって、幸いにも、買う気は全くなかった。
 即ち、ダ・ヴィンチとの表示だけではあの超有名なレオナルドを意味するものではなく、レオナルドの実の父親でフィレンツェで高名だった公証人もセル・ピエロ・ダ・ヴィンチと称して居たのであるから、このフィレンツェ郊外のヴィンチ村出身を意味するだけのダ・ヴィンチでかの高名なるレオナルドの代名詞とするにはどうしても大き過ぎる抵抗を感じて、私には受入れ難いのである。
 因みに、デ・メディチと言ったって、それだけでモンブランのパトロンシリーズ第1号で成功を博した豪華王ロレンツォ・デ・メディチのみを指すとするには矢張り無理で、メディチ家の祖コジモ・デ・メディチだって忘れられてはならないのである。 更に、ヴィッラ・メディチと言えば、私が20年前フィレンツェで一泊した、ミシュラン5ツ星のメディチホテルの事である。

3.最もこのダ・ヴィンチコード万年筆の胴軸には有名な丸と四角に人体が大の字に内接した「ウィトルウィウスに基付く人体の幾何学的比例の図解」が大きく浮き彫りされて居て、レオナルド・ダ・ヴィンチとの関係を直接的に示しては居る。
 然しながら、この人体図は単なる人体の比例図を意味するものではなく、大きな方円と正方形が大宇宙(マクロコスモス)を、そして、それに内接する人体それ自体は小宇宙(ミクロコスモス)を意味し、それが照応した合体図は、私に言わしむれば天才レオナルドにして初めて可能だった宗教色無き曼陀羅図と言うべきものなので、それは例え宗教色無しと言えども聖なるものであるから、これを殺人事件のコード(暗号)に卑少化して使われるのには拒絶反応とならざるを得ないのである(それに、ネクタイ・スーツ姿でピストルに撃たれ、その瀕死状態で裸になり、大きな円を血で描いてその中に大之字になって死んで往くことの可否もそうだが、その人体図それ自体は何んの暗号にもなって居ないのである。誠に、羊頭狗肉の人騒がせ以外の何物でもないのである。)。
 因みに、東洋の禅的世界に於いても、丸・四角・三角で世界・大宇宙が象徴されることはその組合せの墓石(鎌倉初期の重源に由来するとかの三角五輪塔)や出光美術館に在る仙涯の有名な掛け軸等その例は多い。最も、禅的には一筆描きの丸一つで宇宙が表現されて居るものの方が多いかと思われるが・・・。

4.この映画を観て暫くしてから、御徒町のマルイに行く用があったので立寄った際、「ダ・ヴィンチコードという万年筆どう思います?」と言った所、「ダ・ヴィンチならウチにも有りますよ。」と言われたので、日本で現品は伊勢丹メンズ館と青山の書斎館の2ヶ所しか無い筈なのにと思って、良く聞いてみると、「スティピュラ社からも出てるんですよ。」と見せられたのがズングリ・ムックリの、私の子供の頃持って居たビール瓶型に似た繰り出し式のモノであった。
 然し、私はダ・ヴィンチというものは必ずしも天才レオナルドを意味する訳でもないから、「それは、レオナルド・ダ・ヴィンチのことかな?」と言葉を足すと、「これにはレオナルド・ダ・ヴィンチのサインがボディに刻まれて居るんですよ」との事だったので、ルーペで確認させて貰うと、確かに鏡文字逆さ書きのレオナルド・ダ・ヴィンチの署名が読み取れたのである。
 それで、納得した私はブラックボディー・シリアルNo.106/193を買わせて貰って、これが私のレオナルド・コレクションの第1号になった次第である。然し、この署名の書体は私が以前から書架に置いて居る1975年岩波書店刊マドリッド手稿T、Uに基付く「知られざるレオナルド」57頁の筆跡とは少しばかり異なるのであるが、書いた年代の差の範囲かと思って居る所である。

5.そこで、よし、それならレオナルド・ダ・ヴィンチを製品名とする万年筆も捜せば外にもある筈だと手応えを感じ、インターネットで調べさせて見ると、早速反応があったのが、オマス社のものであった。
 ヤフーオークションのキャッチコピーに依れば次の通りである。

★オマス★Omas 世界限定1000本!ダビンチ シルバー万年筆!

 レオナルド・ダ・ヴィンチ誕生550年を記念して発売された限定品です。
ダ・ヴィンチのノートに遺されたスケッチを詳細に観察してみると、そこには現代の万年筆の基本構造の端緒となる図があることが明らかになりました。
これらの絵に時代のニーズに合うよう若干の修正が加えられ、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」が発表されました。
別名「天才の筆跡(Writing Genius)」と呼ばれる、ペンというよりむしろ宝石と呼ぶにふさわしい万年筆です。
スターリングシルバーのキャップ、ボディ、トップにはカーネリアンが施されています。その洗練された装飾はダ・ヴィンチ・ノットにヒントを得たものです。

吸入式 サイズ:長さ14.0cm 重さ65g
18金ロジウムコーティングペン先:M
定価262,500(内税) 新品未使用品


 これが落札希望価格148,000円、開始価格108、000円で出品されて居て、現在の価格108,000円、入札件数0との表示であった。
 私の持って居る先の「知られざるレオナルド」には天才レオナルドの各方面のスケッチ類が載っているのであるが、その中には残念ながら万年筆の基になる図は見当たらぬものの、ダ・ヴィンチ・ノットと思われる装飾は確かにあったので、私はこのシリアルNo.658/1000のものを108,000円で落札して、これが私のレオナルド・コレクションの第2号となった次第である。その書き味は、例えるにビロードの手触りに匹敵するもので、天にも昇る心地と言ったら言い過ぎであろうか・・・。正に醍醐味。

6.そんな或る日、実に久し振りにフルハルターに註文してあったアウロラの85周年の万年筆が森山スペシャルに仕上がって来たのだが、その包装の中に同封されていた万年筆カタログをパラパラめくって居ると、何んと何やら有難そうなレオナルド・ダ・ヴィンチが金色に輝いて居るではないか!!
 早速御徒町のマルイや青山の書斎館に照会するも、「あれは、もう随分前に売れてしまってます。」との回答であった。
 そこで、又もやインターネットで調べると、生活会の万年筆という所で、詳細な説明が掲載されて居た。
 2002年11月下旬、アウロラ社から、コロンボ、ゴルドーニ、ダンテ、チェリーニ、ヴェルディに続く限定品レオナルド・ダ・ヴィンチが発売されます。1919年以来、最高のイタリア職人の伝統技術の、手作りの素晴らしさと先進的技術を組み合わせた最高のMade in Italyを届けてきたアウロラが、ルネサンスの巨匠、芸術から科学技術まで万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)をテーマに万年筆とローラーボールを発表しました。万年筆はゴールドとラッカーの2種類。それぞれ各1919本の限定生産となります。またローラーボールもゴールドとラッカーの2種類。それぞれ各499本の限定生産です。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、彼が書いた原稿のすべてと作品の一部を信頼できる弟子に遺しました。そして彼の、森羅万象すべてに対する際限なき好奇心は、その彼のアイディアを記したノートは、6千ページにもおよび、羽ばたき飛行機、螺旋型回転翼のヘリコプター、ピラミッド型のパラシュート、さらには潜水艇まで。実現こそしませんでしたが、レオナルド・ダ・ヴィンチの天才ぶりが驚くべきほどであったことが偲ばれるものです。

ペンのキャップあるいはボディには、レオナルド・ダ・ヴィンチの飛行理論が、彼特有の鏡に写したような左右逆さまの書き方でそのまま刻印されています。また、万年筆の末端のカバーを外すと、クラシックなタイプのレバーノック式インク吸入装置のレバーが現れます。そのレバーを倒して、インクウェルの中に入れ、レバーを戻すとインクが吸入されます。そしてキャップのクリップは飛行理論をイメージした関節運動装置を模したクリップになっています。さらには、レオナルド・ダ・ヴィンチの鏡に写したような左右逆さになった文字を判読できるように、鏡と拡大鏡がアクセサリーとなっているペーパーウエイトが附属しています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ万年筆(ラッカー)
胴軸:ラッカー(ボルドー)
キャップ:ゴールドプレート
レバーノック式インク吸入装置
特製ペーパーウエイト付きウッドボックス入り
ペン先:18金、太さ:M、B
生産本数:1919本、国内販売数:約100本

 これもレオナルド・ダ・ヴィンチ生誕550年記念として2002年に発売されたもので、既に販売店にては売り切れでいるのは当然で、私としては万年筆の世界から随分永らく遠ざかって居たので、その様な情報から全く隔絶して居たと言うことである。然し、このレオナルドの飛行理論がキャップとボディに鏡文字で書かれ、且つ、そのクリップに関節運動装置を模して居るとは、正に、これ又私が久しく書架に蔵して来たモロッコ皮製ブックケース入り1979年岩波書店限定出版トリノ王立図書館収蔵「鳥の飛翔に関する手稿」完全復刻ファクシミリ版そのモノの具現化ではないかと歓喜させるものであった。これこそ私がレオナルド・ダ・ヴィンチを万年筆の中に捜し求めて居た最たるものではないか??これは絶対入手しなければならぬものと直感したのである。
 そこで、これは何年掛るか判らないが、インターネット・オークションで監視し続ける覚悟をしたのであった。
 それと共に、これは相当プレミアも付いて値が張るものと思われたので、場合に依っては私の書架に1979年に出版された当時から4万8,000円で購入して納められて来た先の「手稿」その物を古本市場に売却して資金源に出来ないかと考え調べさせると、この30年近く前の出版物なのに古書価値が全く付いていないのであった。そんな馬鹿な事はないと、再版物でも出廻って居るのかと思って岩波書店に照会すると、再版ではなく当時の限定1800部そのモノがまだ在庫して少部数在るとのことで、これは珍しく岩波書店の失敗企画だったらしいのである。
 レオナルドもので、30年近くも掛かって1800部が売れなかったとは(私は出版当時飛び付いて買ったのに)・・・。

7.ところが何んとしたことか、これ又呆気なくも、又々インターネット上に在ったのである。

★アウロラ★限定品 ダビンチ・バーメイル M 稀少品!

アウロラの1919本の限定品レオナルドダビンチ・バーメイルです。
ペン先は、18金 Mになります。非常に綺麗な万年筆です。
クラシカルなレバーノック式インク吸入タイプです。
キャップに製造番号が入っています。

今回の商品はNEWBOXになります。
よろしくお願いいたします。

1本のみの出品になります。新品未使用品です。


 これが落札希望価格158,000円、現在価格125,000円、入札件数0で出て居たのである。
 そして、このシリアルNo.1106のものもスタート価格の侭の125,000円で落札することが出来たのであった。大ラッキーと思った、これが私のレオナルド・ダ・ヴィンチコレクション第3号である。
 入手してから実物をルーペで良く観察すると、キャップには昔日全日空の垂直尾翼に描かれたヘリコプターの原型図とコウモリの羽根型翼、そして、ボディに鳥の骨格の様な図案が論説(鏡文字)と共にグレービングされていた。クリップも鳥の2重関節の様に作られて居て、又、ペン先も鋭い鳥の嘴の様で正に「鳥の飛翔に関する手稿」その物を全身で体現して居ると言えるものである。書き味は最高とは言えないものの、立派なものである。

8.そして、私が4本目のレオナルドとして狙って居る万年筆のことであるが、これはすなみまさみちコレクションから「101本の万年筆」の中に在ったものである。
ビスコンティ レオナルド・ダヴィンチ
Visconti Leonardo da Vinci             1989年イタリア

大阪の町工場で作られた、
イタリアン万年筆。
 レオナルド・ダヴィンチの名を冠した、美しいセルロイド製のこのモデルは、イタリアの万年筆コレクターズクラブ「アカデミア・イタリアーナ・デ・ラ・ペンナ・スティログラフィカ」の創立(1989年)記念モデルとして会員に頒布されたものだ。
 企画・制作は、フィレンツェに本拠を置くビスコンティが担当。セルロイド軸の加工は、ビスコンティの依頼で大阪の万年筆職人、加藤清さんが営むカトウセイサクショカンパニーが行った。
 カトウセイサクショカンパニーでは長年国産のセルロイドを使っていたが、ビスコンティの要望でイタリアのマツケリー製に切り替えた。イタリアから送られてくる素材を大阪の町工場で加工し、吸入機構やリングなどを装着してフィレンツェの工房に送り返す。これにドイツ製のペン先やイタリア製のクリップを装着してビスコンティが販売した。
 加藤さんはレオナルド・ダ・ヴィンチのほか、「ラグタイム」、「ポンテ・ベッキオ」といったモデルも製造したが、2000年頃ビスコンティとの取引を解消した。

これもインターネット・オークションの御利益で即ぐにでも見附けられるかと期待したが、それは甘かった様である。ヤフーで駄目なら世界的に何かないのかと捜させて見たが、ヴィスコンティ社のモノで目ぼしいものとしては、PayPalで1995年発売の‘ポンテ・ベッキオ’築橋650年記念という「ポンテ・ベッキオ」が,200ドルでアメリカから売りに出て居たので、この橋はダンテがベアトリーチェに出会ったサン・トリニテ(三位一体)橋の一つの上流の橋で、年代的に1452年生れのレオナルドもフィレンツェで日常的に渡って居た筈で(1321年没のダンテは渡ってない)、然も、メディチ家の当主が自宅であるベッキオ宮殿から執務事務所(ウフィッツィ)に往復する為にアルノ河に2階建ての橋として架橋し、上階をウフィッツィ(現在のウフィッツィ美術館)の廊下と連絡通路として継げて、その両側の壁面に絵を連続して掛け、此処を朝晩の通勤路として絵画を眺めながら通ったので、この絵の廊下(ギャラリー)を、後年どんな小さな画商の店でも画廊;ギャラリーと称する元となったものなのである。私はこのシリアルNO.899/1345(築橋の西暦年数)を購入したのではあるが、「ポンテ・ベッキオ」なる由縁は僅かキャップ下端のリングにルーペで見なければ判らない位小さな橋の図柄と名称が刻まれているだけの、何んだか物足らぬ印象を受けるものである。
 さて、肝心の、この入手仕損ねて居るイタリア万年筆コレクターズクラブ用のレオナルド・ダ・ヴィンチであるが、写真で見る限り、これも先のアウロラの「鳥の飛翔の手稿」程魅力的とは思えないで居る。
 それは何故かと言えば、レオナルドとの関係は胴軸に活字の正字体(非鏡文字)でレオナルド・ダ・ヴィンチと刻されて居るだけの様であるからだ。
 ヴィスコンティと言えば、私は昨年6月書斎館で、象牙製かと見紛う程の白い肌のボディに沢山の弓を引くケンタウロスとその中にさ迷うダンテを、そして、キャップには天に昇る龍かフェニックスかと思われるものに子供達がしがみ付いて居る様が彫り込まれ、クリップには翼を翻して昇天する天使像(多分、さ迷うダンテを看守るベアトリーチェ!?)がデザインされたLa Divina Commedia(神曲−ダンテ−)を入手して居る。多分これは神曲の中の挿絵で天国・地獄・煉獄の図解かと思われるもので全身を装飾した作品で、シリアルNo.272/388のものである。矢張り、この程度に「神曲」なら「神曲」を、先の「鳥の手稿」なら「鳥の手稿」そのものを体現したと言える位の作品、即ち、レオナルド・ダ・ヴィンチそのものと言える位の意欲的な作品を期待したいのである。
 単なるゴシック体の正字表記の名前だけでは、スティピュラの鏡文字の本人直筆のサインを刻しただけのものに比しても物足りないのである。
 でも、四本のレオナルドの四本目として暫く追って見るつもりである。
以 上


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